
M4A3E2、通称ジャンボは大量に生産されたM4シャーマンシリーズ中の「変種」である。
M4A3の車体をベースに装甲板を溶接して追加するなど、各所に装甲の強化を施した、いわば重装甲版シャーマンであった。
想定されたジャンボの用途は歩兵支援である。歩兵の速度に合わせて行動する歩兵支援任務では敵の対戦車火器の標的になりやすく、一般の戦車より強力な防御力が必要と考えられた。この目的専用の重装甲の(それゆえ低速の)車輌をアメリカ軍が欲したのは、同様のコンセプトの戦車(歩兵戦車)を大量に保有するイギリスの影響を受けたからに他ならない。
主砲には通常のシャーマンと同じ75mm砲が搭載された。新しい76mm砲よりも、75mm砲が榴弾威力で勝っていたからである。ジャンボの敵は対戦車砲と敵歩兵であった。
1944年、ノルマンディーに上陸すると、本家筋のシャーマンの方は強力な重戦車群と有力な対戦車砲に遭遇し、不利を強いられることとなる。
アメリカは、敵戦車に対しては軽装甲の車体に高射砲改造の主砲を搭載した駆逐戦車で対応する構想を持っていた。しかし、流動的な戦場でこれら駆逐戦車のみを敵戦車にうまく対峙させることができようはずもなく、この構想は非現実的であった。現地部隊からは「必要なのは戦車殺しtank killerではなく、殺し屋戦車killer tankだ」との声が寄せられた。駆逐戦車などではなく、敵戦車に勝てる戦車が欲しいというのである。
このような背景の下、戦場に送られたジャンボは本来の役割である歩兵支援にはまったく使用されなかった。多くのジャンボは戦車部隊縦列の先頭車となり、敵の第一撃を受ける盾として使われた。バストーニュを救出した第3軍の先頭にいたのもジャンボであった。
第9軍では、ジャンボに破壊された車輌から外した76mm砲を取り付けた。貫通力の高い76mm砲と重装甲でドイツ戦車と正面から交戦できる戦車を実現しようとしたのである。
ジャンボは現地部隊に「好評」であったというが、その理由は兵器政策当局の思惑とはまったく異なっていた。
ジャンボは、戦争後半のアメリカの兵器政策がこと戦車に関する限り将来の戦場の認識を誤っていたことを象徴的に示す存在である。
M4シャーマンは1942年から43年にかけてはドイツ戦車と互角かそれ以上に戦うことができた。車体には余裕があり、改良の余地も残されていた。しかし、アメリカはこの戦車がそのまま戦争の終結まで通用すると考えた。ヨーロッパが恐るべき88mm砲と75mm砲によって防衛されていることを示す情報があったにもかかわらず、である。
結果として西部戦線の戦車戦は、質に勝る少数のドイツ装甲部隊と、質を量と航空支援で補う連合軍機甲部隊の対決という構図となる。敵に対抗できない戦車で前進する連合軍兵士にとっては、後方の巨大な生産力も物資の豊かさも慰めにはならなかったであろう。彼らはいくらでも送られてくる新品戦車同様の消耗品であった。
アメリカはこの事態に従来の政策を改め、次世代戦車M26の開発と生産にようやく力を注ぐ。ドイツ重戦車群に対抗できる重装甲と90mm砲を備えたM26は、とるものもとりあえずヨーロッパに送られ、「ゼブラ実験中隊」として実戦に投入された。
このM26の生産の目途が立ったことで、ジャンボは役割を終える。総生産数は254両であった。
| キット: | タミヤ |
| スケール: | 1/35 |
| 制作者: | 不肖、私 |
| 制作時期: | 2003年1月〜6月 |
制作中のケーニヒスティーガーを中断してインターネット上のコンペ(アメコン)用にこれを作りました。使用したアフターパーツは以下の通りです。
・モデルカステンのT48履帯
・オードナンスのレジン製砲塔(アルミ挽物砲身付)
・オードナンスのレジン製ギアハウジング
・エデュアルドのエッチングパーツ
キットが2000円で、アフターパーツが計8700円、合わせて10700円の元手です。このほか、ジャンボに多く使用されていた穴あき転輪が欲しかったため、タミヤのM4シャーマン初期型のキットからコンバートしています。
明らかにお金のかけすぎで、ちょっと反省しています。アフターパーツにばかり頼らず、自分で工作してこそ、真のモデラーなのではないでしょうか。
もっともアフターパーツの利用自体、一筋縄ではいかないのも事実です。使ったからといって、楽をする、ということにはなりません。
レジン製パーツは削ったり埋めたりの連続だし、エッチングパーツはひたすら細かい作業が続きます。
しかし、今回最大の難関は1ピースあたり部品9個、総部品数1440というモデルカステンのT48履帯です。自分ではカステンの履帯を組み立てる作業は「割と好き」なんて思っていたのですが、モノには限度っちゅうものがあります。
このパラノイア的アフターパーツを設計、販売している富岡吉勝という人は、かの宮崎駿さんの雑談友だちなのだそうですが、なんだかわかる気がします。類(パラノイア)は友(パラノイア)を呼ぶわけです。ま、これを組み上げた私も、あまり他人様のことは……わははは。
自分で加えたディティールは以下の通りです。
・車体後部のエンジングリル扉の左右の「受け板」の自作
・増設装甲板の溶接痕の再現
・同軸機銃の自作(実はキットの部品を紛失(T_T))
・各所の取手の真鍮線による自作
・装填手ハッチのスプリングの自作
・車体側面のフェンダー取付具の自作
この他、オードナンスのギアハウジングも、上部を少しいじってあります。
塗装はつや消しクリアスプレーで大失敗。いわゆる「カブリ」(白化現象)が出てしまい、あわてて修正するハメになりました。
コンペ用作品なので、〆切に間に合わせなければなりません。6月半ばに腰を痛めてモデリングを中断したこともあり、この作品にはいつもより塗装に時間をかけらず、仕上がりには少々不満の残る作品になってしまいました。
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