
T-70Mは戦争中ロシアが生産した事実上最後の軽戦車である。(後継にT-80があったが、ごく少数の生産に留まっている)生産は1942年9月から1943年10月にかけて行われた。8226輌という大量生産であった。
T-70Mの原型は英国のカーデンロイド戦車を参考にして開発されたT-37である。T-37は湖沼地帯で機動性を発揮する水陸両用戦車であった。重量はわずかに3t、機銃1挺を装備し、最大装甲厚は9mmに過ぎなかった。
数種の改良型を経て開発されたT-70Mは、T-37と較べると性能も外観もすさまじいほどの変貌を遂げていた。主武装は45mm砲となり、重量は9.05t、装甲は防盾部で60mmに達していた。このクラスの重量の戦車としては屈指の性能といってよいだろう。
T-70シリーズの総生産数は、軽戦車としてはアメリカのM3系列、M5系列に次ぐ大量生産であった。1942年の秋から44年の始めまでそれは戦場でしごくポピュラーな存在であり、クルスク戦でも大量に使用された。(クルスク戦に投入された戦車の1/3は本車やT-60などの軽戦車であった)40000輌のT-34や強大な重戦車群の影に隠れて今日ほとんど無名のT-70Mは、戦争の重大な転換期にロシア軍戦力の重要な一翼を担っていたのだ。
しかし、戦場は軽戦車が生き残るにはあまりにも過酷なものになりつつあった。どの戦場でも軽戦車は真っ先に数を減らしていった。それを知りながら、ロシアが敢えて軽戦車の開発を続けたのは、ロシアがとにかく戦車の「数」を必要としていたからである。
軽戦車には安価に大量生産できるという利点があり、戦前は多くの国が軽戦車を装備の中心としていた。しかし、軽戦車は偵察任務以外ではあまり役に立たず、各国は重点を中・重戦車に移していく。ロシアは早い時期に中・重戦車の開発に重点を移した国のひとつだったが、戦争突入後は軽戦車の開発、生産にも拍車をかける。その結果、T-70Mは少し前の中戦車以上のスペックとなった。しかし、それほどの性能を与えても、敵にとってロシア軽戦車がもっとも撃破しやすいAFVであったことにかわりはなかった。
本車には輝かしい活躍の記録はない。戦記に出てくることも希であり、資料も少ない。大量に生産され、立派に戦ったのにもかかわらず、T-70Mは今日ほとんど無名の兵器である。私にはこのT-70Mが、戦場に命を散らした多くの無名の兵士たちの面影と重なって見える。
ロシアでは、軽戦車の開発は実質的に本車をもって終わりを告げる。戦後、軽量の戦車は空挺戦車や水陸両用戦車など、特殊用途のものに限られて開発されるようになるのである。
| キット: | Techmod(ポーランド) |
| スケール: | 1/35 |
| 制作者: | 不肖、私 |
| 制作時期: | 2002年6月〜8月 |
Techmod(ポーランド)のT-70Mです。実車もキットもマイナーなシロモノで、作例も少ないようですから、今回は制作について少し詳しく書きます。
キットはドイツのTOGAの金型をポーランドのTechmodが買い取って販売しているもので、TOGAのオリジナル部品の他、Techmodが追加したと思われる連結固定式履帯と起動輪が付属しています。
ランナーとの連結部分が太く、部品の切り離しには注意が必要ですが、合いはよく、ハコ組み車体もすんなりと組み上がります。問題点はヒケの多いことで、特に砲塔側面下部の線状のヒケは場所が場所だけに難物です。これはポリパテで修正しました。履帯はモールドは悪くないのですが、合いが悪く修正が必要です。長く退屈な作業になりますが、TOGAオリジナルの履帯よりかなりできがいいので、がんばって修正しました。
さて、ディティールアップですが、フィンランドのモデラーさんたちが実車の写真をネットに上げているのがたいへん参考になりました。もっとも、型式に現れないバリエーションの多いロシア戦車のこと、ただ1台の実車をどれだけ参考にすべきか、かなり迷いました。
私はもともと考証にさほどごだわるタチではありません。結局、見た目の効果の大きそうなところだけをいじったかっこうになりました。以下にいじったところを列挙しておきます。
・前部シャックル
キットのものがあまりと言えばあまりな形をしているので、実車を参考に自作しました。もっとも、キットが間違っているという根拠はありません。
・操縦手ハッチ
実車はもっと丸っこい形(初期型との話もあり)をしていますが、キットのものが堂々と四角いので、これはキットを信じてそのままとしました。開口部の穴を深くして、ラッカーパテで鋳造の地肌を再現しました。
・砲塔防盾
実車とかなり違っていますので、エポパテなどで実車に近づけてあります。具体的には、主砲下の盛り上がりを再現、照準孔の位置を訂正、砲基部の形を修正、機銃用の穴を開口して縁を成形、金具を0.3mm真鍮線で制作。防盾全体にラッカーパテで鋳造の地肌を再現しました。
・砲塔と車体の金具
キットはモールドとパーツで表現していますが、ちょっと太すぎる感じです。モールドを削り取って、0.5mm真鍮線に交換しました。
・ライト
キットのものはかなりいい加減な形ですので、レンズ部をリューターで削って内側にアルミ箔を貼り、WAVEの透明パーツを接着してあります。適当にマスキングしたのが仇となり、ちょっとデキの悪い結果になってしまいました。
・排気管
先端部を1mm真鍮パイプに交換しました。
・始動用クランク
キットのものは、人間の手で握れるはずのない太さなので、1mm真鍮パイプ、0.5mm真鍮線、プラ板で自作しました。細すぎかも知れませんが、模型的には精密感が出て、なかなかいいと思います。
・バール取付金具
ジャンクのエッチングパーツから自作しました。かなりテキトーです。
・車体後部と右側のメッシュ
実車を見ていると目が斜めになっていて、付属のナイロンメッシュではそういうとり方ができません。金属メッシュを買ってきて交換しました。
・車体右側張り出し部
取っ手を0.3mm真鍮線で制作、追加しました。メッシュ上のパーツもジャンクのエッチングパーツに交換。
・フェンダー支持架
ジャンクのエッチングパーツに交換しました。
・砲塔上面の分割線
上面は面一ですので、分割線を消し、周囲に伸ばしランナーで溶接線を再現しました。
車体後部のシャックルは、実車では前部同様の形なのですが、キットでは「かんぬき」のような形をしています。あまりにも自信たっぷりに異なった形をしているので、そのままとしました。ロシアの軽戦車は野砲などの牽引車としても使われたようですので、後部シャックルはそのためのものだったのかも知れません。
防盾の金具の位置は実車を参考にしましたが、もっと上に張り出たタイプ(これがキットのものらしいのですが、インストがわかりにくい)も存在するようです。
実車の砲塔は上面形が後部に絞られた形になっているらしく、ほぼ四角形のキットとはだいぶ違います。これは修正がたいへんなので手を付けませんでした。実車は砲塔後部にカマボコ型の正体不明の部品が付いていますが、これも再現しませんでした。
参考にした実車では上面から右側面にパイプのようなものが這っています。これは排気パイプで初期型の特徴ではないか、と勝手に解釈して、無視しました。(キットの排気パイプは車体側面にあります)
他に注意点としては、砲塔側面のピストルポートのインストの部品番号が違っています。正しい部品はちゃんとありますので、間違わないように。ちなみに、この部品を正しい位置に接着するのはインストをいくらにらんでもまず無理ですので、実車を参考にするのが無難です。
中途半端に手を加えたために、ひょっとすると生産時期のはっきりしないハイブリッドな車輌になってしまっているかも知れません。
塗装はあまり凝ったことはしていません。
・クレオスの1200番のサーフェイサーをスプレー塗装。
・ラッカー系のマホガニーで下地塗装。
・光と影を意識して下地を残すようにロシアングリーンで基本塗装。
・油彩のローアンバーとエナメルのブラックの混色でウォッシング。
・エナメルのフィールドグレーとバフの混色でドライブラシ。
・エナメルなどでチップ、サビの描き込み。
・砲塔側面の「祖国のために」のスローガンはアクリル塗料で手描き。
・足まわりはパステルでウェザリング。
足まわりの乾いた土汚れの感じなど、1943年夏をイメージしました。クルスク戦のころですね。
東欧製キットを制作するのは初めてでしたが、手を入れる余地があるのがかえって楽しめました。RPMのT-60もキットを持っていますので、いずれ完成させてみたいと思っています。
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