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 これ、いったい全体何が書きたかったんだろなあ、って作者が言ってどうする(^_^;)。
 でも、書いていたときは、けっこう楽しかった記憶がある。まあ、こういう文体で書いてみたかっただけでしょう。
 文中の索引屋=インデクサーという職業は実際に存在する。私、やってました。
 データベースを作成する際に、各レコードに索引語を付与するのがインデクサーの仕事。資格試験ができて知られるようになったサーチャーの、ちょうど反対側の仕事である。森羅万象の情報を相手に悪戦苦闘する日々を、ああ、思い出すと今でも……。


インデクサーブルース

 「頭がおかしいって? そんなこと、知りゃあしないよ、相棒。ラグマンとは、それほど深い仲ってわけじゃなかったんだ。部長が決めた前の座席のナンバーがたまたま隣でさあ。それで、ドール・ドールのバーやキッチンスターのステージを観にいったりはしたけどさあ……」
 ココは5杯目のジャンキー・ショットを飲み干すと、グラスを叩きつけるようにテーブルに置く。6杯目のグラスは膝に抱かれたまま、長いこと彼女の細い指にあやされて、剥き出しの膝っ小僧に消毒液の滴を浴びせてた。
 「キッチンスターか。そいつはいいや」
 そこのジャンキー・ショットには、俺たち索引屋の能率を高めるドラッグがぶちこまれてるって、もっぱらの噂。安っぽいレファボーグ調の造りは、ないしょで出資した部長の好みだって話だ。いかにも堅物のラグマンにお似合いの感じ。
 「だけどさあ……」
 長い髪がココの顔をすっぽりと覆ってる。白い肩の肌の下に埋めこまれた流行のイルミネーションが光ってた。
 「高かったんだろ、それ」
 「何が?」
 なにが? あんたに関係ないじゃない。何言ってんのよ。私の話、聞いてんの? ドール・ドールがどうしたって?
 それで、その日はおしまい。何にも覚えちゃいない。ココを抱き上げて、通りで踊ったような気もすれば、デリーラ広場の安宿で、一晩中馬鹿騒ぎをした気もするが、記憶はみんなジャンキー・ショットの樽の底で溶けちまった。
 翌日。
 千人もの索引屋がチップの配線みたいに並ぶ部屋で、ココは俺の隣に座っている。
 「おはよう、相棒」
 挨拶はそれだけ。ココはさっそく、ターミナルのスイッチを入れる。
 世界中の頭のいいやつ、悪いやつがこしらえた情報という情報が、どっとターミナルの画面に流れこむ。コンピがそいつを、タイトル、著者、内容、発信者、受信者、通過したネットワークなんかの情報要素に整理し、ついで主題分析、情報要旨とキーワードの付与。
 コンピが仕事をやりすいように、文献を読んで500もの分類のどれかに放りこんでやるのがココの役目だ。ココのやっつけた情報は俺のターミナルに流される。俺の仕事は、固有名キーワードのAI分析とチェック。
 5年も続けりゃ、ちょっとした人間百科事典になれる、と思うだろう。ところがそうはいかない。片っ端から忘れてくのも、仕事のうちなんだ。
 そのために、俺たち索引屋は3年がかりの催眠教育を受けて、ライセンスをもらう。〈囁き壺〉を被って寝たり起きたりの繰り返し。そのあげく、何事にもこだわらず、何事にも過ぎた関心はもたない、一種の人間の傑作ができあがる。要するに、ライセンスは、この仕事を10年やっても発狂しないって証明だ。
 「あっはー」
 ココがマウスを握ったまま、デスクから飛び上がった。
 「見てごらん、こいつを。傑作だよ、相棒」
 俺がココのターミナルとおんなじデータを開くと。
 「ミンキーはロボットなんだって。クビになったマネージャーが書いてるわ」
 画面では、虹色に光る豊かな髪を、ゆるやかに揺らした女が踊っていた。
 「それも元は人間だったロボットなんだって」
 「だから、何だってんだ、ココ」
 「おかしいじゃない? 儲けたお金を身体につぎこんで、気がついたら、ぜんぶ造り物に置き替わっちゃったんだって」
 「よせよ」
 そう言いながら、俺の目は画面の女に釘づけになる。
 「部長が見てるぜ。早くそいつをやっつけちまいな」
 ミンキーは、水のなかでダンスしてるみたいにゆっくりと踊った。手も足も、まるで人間のものじゃないみたいに曲りくねって、誘惑が服を着てるみたいに。
 「こいつ人間じゃないんだよ……」力ないココの声とともに、女は俺のターミナルから消えた。
 「人間以外のものに惚れるってのは、そう珍しいことじゃないぜ。マックリーを見てみろよ。やつのアパートは、人工動物の巣みたいだ。しかも、毒の棘のあるやつばっかり。毎晩1匹を選んで、動脈を刺させるんだとさ」
 「よっぽどましだよ……ミンキーよりはさ……」
 索引屋のなかには、ときどき変なものにフェティッシュになっちまうやつがいる。ラグマンの場合、惚れた相手が3Dダンサーだったというのは、まあ、まともだが、そのご執心ぶりはマックリーと似たりよったりだった。
 ことの起こりは、隣町のミンキー公演。
 たまたま出張中のラグマンがそこの支社長に緊急の用があって、訪ねたところがミンキーの歓迎レセプション会場だった。注目のスター、ミンキーと会話を楽しむ支社長に、ずけずけと仕事の話をしにいったってのは、いかにもラグマンらしい。もちろん支社長は嫌な顔をしたが、ミンキーが堅物ラグマンに二言三言話しかけ、みごとにその場の雰囲気をとりつくろったって話。やっこさん、その「二言三言」ですっかりミンキーにまいっちまったらしい。
 それからのラグマンの仕事ぶりときたら、ミンキーの情報が出てくるたびにストップ・ストップ・ストップ。能率の落ちたのを訝かっていた部長が、ミンキーのデータをクリップした無許可ファイルを発見して、ラグマンはめでたく索引屋をお役御免。今は格下の収集屋におさまっている。
 「おはよう、相棒。どう? これ、似合う? 似合わない?」
 その朝、ココは席に着くとサングラスを外し、身を乗り出して俺に顔をつきつけた。瞳が、左右別々、青や赤や緑にめまぐるしく色を変えていた。
 「わかんないのかい? カクテル・レンズを入れたんだよ。似合うだろう? 似合わない?」
 「ああ、似合ってるよ、ココ。3Dスターみたいだ。でも、高かったんだろう?」
 「なんてことないわ」
 目玉をいったん取り出して元に戻すような手術が、なんてことないなんて、こいつばっかりは男には、わからない。
 「正式のもんじゃないのよ。機能はちょっと落ちるけど、安くやれるの」
 「闇製品ってこと? そんなもんに手を出したのかい」
 「色の変わるのにつれて、世の中の色合いも微妙に違っちゃうの。いかれた3Dみたいで、おもしろいじゃない」
 「メンテナンスが受けられないぜ」
 ココは、そんなこと何なのよって調子で、一日上機嫌。こりゃ、ラグマンに会いにいくんだな、と俺は直感した。そういえば、ミンキーはでっかいふたつの瞳にカクテル・レンズをギラギラさせてたっけ。惚れた男の好みに合わせたってわけだ。
 ココがぱたりと会社に来なくなっちまったのは、その次の日のことだった。
 どこで何をしてんのか、連絡もまったくつかない。慌てたのは、部長と俺。ベテランの収集屋を一人引き抜いて穴埋めしたが、こいつがてんで役立たず。教育係をおおせつかった俺は、部長とそいつのあいだに挟まっててんてこまい。
 頭にきた部長に家出した相棒の捜索を命じられた俺は、調査課に行ってみた。もちろん、ラグマンに会ってココの居所を聞き出すためだ。
 「ラグマン? 知らないね」収集屋の一人が眉をしかめて、うさん臭そうに言った。「クリッピングは人手が余ってるのさ。休んでるやつがいたって、誰も気にしやしない」
 なるほど、デスクは三つにひとつは空いていた。
 「ラグマンなら、どっかの店で見かけたぜ」俺の話を横で聞いていたやつが口を挟んだ。「ミント・ハート、E・E・E、ドール・ドール、どれだったかな……」
 「やつにはE・E・Eで飲む金なんかない」と別の収集屋。「チェックマンご用達の店だ。あそこのジャンキー・ショットは本物のジャンキーだってまともにしちまうってよ」
 「それじゃ、あんたもE・E・Eで飲んだほうがいいぜ。きっと催眠教育の情報酔いがさめて、まともになれるよ」
 収集屋たちが、声を揃えてどっと笑った。
 「中毒患者は俺たちだっておんなじだ。そう、索引屋を苛めんなよ」
 「ただし、索引屋と違って催眠教育は俺たちを半分しか眠らせなかった。そうだろう? 俺なんか、あの〈囁き壺〉を頭に被せられたとき、親父にぶん殴られて地下室に閉じこめられたのを思い出してたぜ」
 また、笑い声。
 「家をあたってみるよ」いいかげんうんざりして、俺が言うと。
 「思い出したぜ。マザーシップ・ガーデンだ。ラグマンは調査課にいなきゃ、あの店にいるよ」
 というわけで、仕事がひけた俺は、そそくさとマザーシップ・ガーデンへ。
 やっぱり、ラグマンの姿はない。教訓――万にひとつも収集屋の言うことを真に受けないこと。とくに、自分の仕事が索引屋の場合には。
 結局、適当な店にあたりをつけて梯子するはめになったが、こいつはなかなかどうして、悪い役まわりじゃない。部長じきじきの命令だ。ツケがきくってわけ。
 4軒目。ジャンキー・ショットが爪先までまわり出したころ。もちろん、本当は時間なんてとっくにわからなくなってる。
 「給料なんて、ちっともよくないよ」
 店の女の声。
 「適性検査を10回も受けたのにさ。私には、ぴったりの職業ってのがないんだって……どう? もう1杯」
 女の瞳に目を凝らす俺。
 「5回目以上は有料なんだよ。知ってる?高い金をふんだくっておいてさあ」
 女は揺れて顔にかかる髪を、うるさそうにはらう。髪が空中をさまよい、グラスを離した俺の指に絡みつく。
 「それで適性問わずの職を探したってこと。紹介されたのを見て、呆れちゃったよ。どうせ、まともなのはないと思ってたけどさ。超深度地下鉱山の鉱夫とかさ。『圧力耐性手術を受けること』だって。笑っちゃうよ。誰があんな……」
 女が、細く優雅な指をもう一方の手で引っぱると、第2関節のあたりに裂け目ができて、ダイオード付きの指輪がせり上がった。
 「ちょっと、よしてよ」声が非難に変わる。視線が、彼女のブロンドを弄ぶ俺の指先を睨んでいた。
 「高かったんだから。さわんないでよ」
 広告通りなら、そのブロンドの重さは空気とおんなじで、『あなたの動きに合わせて妖しく舞い踊る』。実際は髪の毛どうしが軽く反発し合う仕掛けになってるって話だ。
 「悪かったよ……」女が首をふると、ブロンドが彼女の表情を隠した。「怒鳴ったりしてさ。今日は虫の居所が悪いんだ。新しい指輪を仕込んだばっかりなのに、おんなじのをした客に会っちゃってさ。それが、あたしとおんなじ安物の複製なんだ。最低だよ……あたしも店も……最低だよ……」
 黙りこくった女がグラスを爪で弾く音は、派手な音楽にかき消されて聞こえない。俺は椅子を回して、ぐるっと店のなかを見回す。変光スーツのウェイトレスが客のあいだを歩き回り、3Dヴィジョンのダンサーが人工関節つきの長い脚を、あらぬ方向に振り上げる――さて、俺はここに何しに来たんだっけ?
 「まだいるよ」
 店の女の手が俺の肩を握った。俺の首筋を撫でるブロンド。香水の甘い香り。
 「ほら、あそこ」
 店の奥のテーブルに、独りぽっちで座っている女の後姿が見えた。右手にジャンキー・ショットのグラス、左手は――左手は死んでいた。
 「本物なら、50万クレジットはかけてる。本物ならね」
 巧妙に繋がれた腕の根元がほころび、なかのパーツが店のレーザービームを浴びて光っていた。
 「三つも指輪を仕込んでたよ。髪の毛だって、色まで変わる高級品だ。あたしの顔を見て笑ったんだよ。『どうお、きれいでしょう。お金がかかってんのよ。私にはそれだけの価値があるの』って……あの顔つきだって計算で作ってるに違いないんだ」
 その女はゆるゆるとグラスを傾ける。唇に運ばれるジャンキー・ショットの邪魔にならないよう、顔を隠した髪の毛が道を開けるのが、後姿からでもわかった。
 「おっかしかったよ。あいつ、踊り始めたんだ。初めはすごかった。3Dダンサーだってかなわないくらい、最高に目立ってさ。いいわよ、降参、勝手にしなって感じだった。ところが、しばらくしたら、テンポが狂っちゃったんだ。最初に左右の脚がばらばらになっちゃって。それから、肘から先が動かなくなっちゃった。あたし、大声で笑ってやったよ」
 剥き出しの白い肩に流行の皮下イルミネーション。膝の上でグラスを弄ぶ癖。
 「ココ……」
 「何よ。あいつのこと、知ってんの?」
 俺は、変光ジャケットの森をかき分けて進み、ついでにウェイトレスからグラスをひとつひったくって、ココのテーブルに置いた。
 「ココ」
 ゆっくりと顔が上り「よう、相棒」
 「その相棒をほったらかしにして、ひどいじゃないか」
 「デリーラ広場のチンの店、知ってる?」
 「部長が収集屋を昇格させて、俺につけたんだ。こいつが昼間から酔っ払ってるみたいなやつで、おかげで能率がガタ落ちだよ」
 「正直な商売をする店さ。この腕だって自分でメンテしないと長持ちしないって言ってたもん」
 「俺の相棒はココだけだ。戻ってくれよ。部長が人事報告用のファイルを開かないうちにさ」
 「カクテル・レンズには気を使ってたんだけどさ」
 こんな調子の会話が夜中まで続く。索引屋は相手に話を合わせるのが大の苦手。酔っていればなおさらだ。
 「ミンキーのリアル3Dがくるんだって」
 「ラグマンのとこかなって思ったんだが、やっこさんの居所がさっぱりでさ」
 「あいつは、ミンキーのリアル3Dのチケットを登録するのにおおわらわさ。厚生部のチケットビューローのターミナルで必死にアクセスしてるよ」
 「へえ、どうりで見つからないわけだ」
 「キッチンスターだって。同調ロボットが5体もくるんだって」
 「それはそれは。大イベントだな。キッチンスターってことは、うちの会社が一枚かんでるのかい」
 やっと、話の波長が合ってきた。
 「ミンキーのプロダクションと市長は関係があるんだろ。会社は市長とうまくやりたいのさ。おかげで、ラグマンの頭のなかはミンキー、ミンキー、ミンキーだよ」
 「もうやめろよ、ココ。やっこさん、本物の女には興味ないのさ。いくら、ミンキーの真似したって――」
 「今日は、いっしょに1杯やってくれたんだよ……。それも向こうから声かけてさ」
 「ラグマンに会ったのか?」
 「あいつの居場所はわかるんだ。ここのダンサー、何となくミンキーに似てんだろ。だから、ここで待ってたんだ。でも、ラグマンのやつ、私が誰か気づかなかったみたい……」
 カクテル・レンズにダンシング・ヘアー、顔立ちも流行の細おもてに整形したようだ。でも、ココだってわからないほど変わり果てちまったわけじゃない。要は、ラグマンにはココなんて眼中にないってこと。
 「すごいのを手に入れられそうなんだ。新しい人工関節でさ。今までのよりずっと安くて、性能は3Dダンサーご愛用クラスなんだ」
 「また、闇なんだろ」
 「構造が単純で、闇でもちゃんと作れるんだよ。チンの店でワンセットだけ仕入れるんだって」
 「よせよ。その腕の二の舞になるのがおちだぜ」
 「今度はミンキーなんて目じゃないさ」
 「張り合う気? ロボットと恋のさやあてってわけ?」
 「ラグマンはロボットだなんて思ってないわ」
 とりつく島なしってやつだ。俺の話し方に問題があったことも確かだが、だいたいがジャンキー・ショットをたらふく飲んだ索引屋に、ねちっこい説得力を望むのが間違いだ。何事にもこだわらないのが、俺たち索引屋の条件。
 ココのラグマンへのご執心ぶりは、その点から言えば、とてもトップ・クラスの索引屋のものとは思えない。仕事のことなんか、まるで上の空。いや、まてよ。つまり、ココは仕事にこだわるのをやめたってことかも知れないな。何かにこだわるってことは、ほかのすべてのことにこだわらなくなるってこと? すると、自由時間を潰してまで、ココを仕事に連れ戻そうとしている俺は、仕事にこだわってるってこと?
 てなぐあいに、考えがでたらめになり、気がつくとココと俺は、また、お互いに関係のないことを喋くり合ってた。
 なにが? あんたに関係ないじゃない。何言ってんのよ。私の話、聞いてんの?
 客の数がいつのまにか減っていて、3Dが切られ、テーブルを動こうとしない俺たちに店の連中が恨めしそうな視線を向ける。この店でのココと俺の一幕は、これで幕切れ。
 結局、ココを連れ戻すのに失敗した俺は、考えた末、店の払いは自分ですることに決め、部長への報告はなしにした。どうせ、ココのことなんかすぐに忘れちまうんだ。ココは、俺にとっては5代目の相棒だが、部長にとっては、能率を上げるために尻をひっぱたいてきた数千人の部下の一人に過ぎない。
 「退屈そうだな、相棒」仕事が終わってターミナルのスイッチを切ると、近ごろやっとまともに仕事をこなすようになった収集屋上りが言った。この野郎、俺を相棒と呼ぶのは10年早い、と言いたかったが、そこは我慢。
 「いい店を知ってるんだ。つきあわないかい? 町の女の子がたくさん集まる洒落た店さ。ジャンキー・ショットは出さないが、女の子はみんなちゃんとした職持ちだ。適性無しなんていじけたのは顔を出さない店さ」
 収集屋ってやつは、こういう情報にはやたらに詳しい。俺はたいした興味もなかったが、長いつきあいになるかも知れない相棒のせっかくのお誘いだ、まあ、一丁話に乗るかって調子で、つきあったら、これが大当たり。
 その日は、例のミンキー公演の初日にあたっていた。相棒の案内した店には、ミンキー公演のスタッフたちが、どっと集まってたってわけ。これから始まるショーのセッティングを済ませ(同調ロボットのショーなんて、事前のセットさえちゃんとしとけば、本番で必要なのは切符切りくらいのもんだ)、開演記念に一杯というところに、俺たちが来店とあいなったってこと。スタッフのほとんどは女の子。派手な業界で働いてるだけあって、とびっきりの美人揃いときてる。
 「私、マシン・エンジニア。同調ロボットの関節に油を差すのが、し・ご・と」本物のカクテル・レンズを七色に光らせた女が俺に話しかけた。
 「私はロボットの脳みそをいじるの。5千キロ離れて踊るミンキーに、ちゃんと同調するように。ミンキーったら、反応が1000分の1秒遅れてもクレームをつけるのよ」そう言った女のドレスの布地は限りなく少なく、彼女の肌を這うように縮んだり広がったりしていた。皮膚の微電流に反応する〈生きた〉ドレスだって話。
 「5千キロ向こうのミンキーに乾杯」
 「リニア関節に」
 「超重低音クロス・シンクロ・スピーカー・システムに」
 スタッフの一人が緩やかに、床を滑るように踊り出した。
 「あれはミンキーの踊りの先生のリプレ」カクテル・レンズの女が俺に告げた。「ダンスのプログラムは彼女が作るの」
 「ミンキーはマシンなのかい?」
 「ジャービス・ネットワークの記事ね。あんなの信じちゃだめ。ミンキーはいちいち振付けを覚える必要がないの。チップに支援されてるのよ」
 「あの先生は?」
 「チップはなし。私たち、自分の頭で商売してるのよ」ミンキーとは違うわ、と女が強調するのは、半分はスターの裏方に甘んじるスタッフのやっかみに聞こえた。
 「ここにいる半分は博士号をもってんだから。ミンキーは私たちが作った傑作なの。リプレのプログラム、私の設計した高速反応系。どれが欠けても、あんなふうには踊れないわ」
 「見てみたいな」
 「見たことないの?」
 「ああ」
 「ご覧なさいよ」
 たまに飲んだ高級酒のせいか、酔いは早かった。不意に、窓の景色がぶっ飛んでるのを見て、車に乗ってることに気づいたありさま。
 全自動のコンピ・カーは目的地に着いたことを、ブレーキの軋みのかわりに、礼儀正しい音声で伝えた。見慣れたキッチンスターの看板を見て、ふらふらと中に入ろうとすると、女は俺の襟首をつかんで通用門へ。
 キッチンスターには何百回も来てるってのに、全然見たことのない廊下を何本も通った。スタッフ用の札のついた2階席のテーブルに落着くと、ちょうど幕間で、ミンキーの同調ロボットが再登場するところ。1体が舞台の中央で挨拶よろしく1回転すると、残りが袖のほうの舞い降りてきて、始まりはじまり。
 派手なビートとメロウな曲が混ぜこぜになり、てんで勝手に踊ってるふうのミンキー・ロボットたちは、やがてある種の調和を醸し出す群舞へと移った。舞台一杯の宇宙。なかの1体がときどき、それのエントロピーを高めるように踊りの輪を離れる。
 「調子の悪いのが1匹いて、調整に苦労したよ」エンジニアの女が言った。「スタッフの一人が複製の部品を見抜けなかったんだ」
 「闇は、やっぱりだめかい?」
 「そうでもないよ。闇業者にも腕のいいのと悪いのがいるからね」
 舞台のロボットたちが歌い始めた。踊りはそのままに、ライトを浴びて――自分で発光してるロボットもいた。身体にフィットした衣装が膨らみ始め、形を変える。歌声は重なり、離れ、舞台は調和と混沌のあいだをいったりきたりする。
 そのとき、客席から一人の女が踊りながら舞台に駆け上がるのが見えた。2、3人が後に続く。興奮した客を警備員が客席に引き戻すあいだも、ロボットたちは、何事もないように踊り続ける。よく見るとダンスの動きを微妙に変えて騒動を避けてるらしい。
 「ミンキーはあれが得意なんだ。アドリブであそこまでやれるのは、そうはいないよ」
 ところが、最初に舞台に上がった女に、警備の連中は手間どっていた。その女は連中の手をするりとかわし、しかも踊りのリズムはちっとも乱さない。彼女はミンキー・ロボットの輪に入ったり出たりして、ロボットたちの宇宙にアクセントを添えていた。俺の隣で、女エンジニアが「ちっ」と舌打ちした。
 「あれあれ、舞台の邪魔は警備員のほうみたいだぜ」俺の皮肉は無視して、エンジニアは通話機をとった。
 舞台を見ると警備員の動きが一変している。殺人犯でも捕らえようとするかのように、舞台の闖入者を追い回す。彼女は捕まりそうになるたびに、大きくジャンプし、空中で舞った。そのたびに観客の拍手。
 4度目のジャンプのとき、警備員の一人が女の足をつかみそこない、飛び上がる方向が舞台の外に逸れた。女が踊りながら回転して、俺のいるテーブルの方に突っ込んでくる。彼女は2階席の手すりにぶつかり、文字通り弾けた。
 ばらばらになった手足が客席に舞い散り、下の方で悲鳴が上がる。警備員が現場に駆けより、キッチンスターの全照明がいっぺんに点けられた。舞台の同調ロボットは、まだ踊りをやめない。
 「やあ、相棒」
 テーブルの上に、女の首が転がっていた。
 「あんたが、見にきてるなんて知らなかったよ」
 ココの顔だ。首だけのココが俺に話しかけてる。
 「ラグマンのやつ、見てたかなあ。最高だったよ。ミンキーなんか目じゃないよ」
 ココの首に、俺がなんて答えたのかは覚えちゃいない。じっとしてろとか、医者を呼べとか、かなり間が抜けたことを言ったかも知れない。
 「最高だった……」と、もうひとこと言ったっきり、ココの首は黙りこくった。女エンジニアは落着き払って、その首を手にとり
 「同調ロボットね。あなた、知合い?」
 「ああ」
 舞台のロボットは、まだ踊り続けている。
 「正式のメーカー製じゃないわね。複製部品のかたまり。そうじゃなきゃ、こんなにひどくは壊れないわ」
 飲み慣れない高級酒の酔いが、悪い目を出したようだ。俺は吐き気を抑えながら、廊下に出て出口を探した。ショーがぶち壊しになったせいだろう。廊下には身なりの小ぎれいな男女が走りまわり、大声を上げていた。スタッフ・オンリーの出口をやっとくぐり、タクシーをつかまえる。
 「デリーラ広場へ」
 頭が、割れたガラスを詰めこんだみたいに痛んだ。畜生、もうジャンキー・ショット以外は飲むもんか。
 デリーラ広場。チンの店。夜は警官だって敬遠するってのに、チンの店だけはちゃんと明りがともってた。
 「誰もいないよ」呼び鈴の返事がこれだ。ドアにも鍵はなし。「チンのやつ、たっぷりためこんだもんだから、夜逃げを決めこんだんだ。あんた、特許Gメン? それなら、遅かったね」
 「やっぱり、ここから同調ロボットをコントロールしてたんだな」
 「あっは、相棒じゃないか。何しにきたんだい?」
 暗がりにココの胴体が浮かんでた。手足はない。
 「そんな顔をしないでよ、相棒。全部買い戻してもらったんだ。それでも、同調ロボットをセットするにはだいぶまけてもらったんだよ」
 ミンキーはたいした同調設備を使ってるんだろうが、ココとしてはこんな手しかなかったってことだろう。ココは針金細工みたいにコードを差し込まれたまま、天井からぶらさがっていた。
 「ラグマンに会ったかい?」
 「いいや」
 「見てるといいんだけどな。あたし、すかんぴんなんだ」
 「そりゃあ、いいや」
 「チンもいなくなっちゃったしさ」
 ココの恋狂いもこれで一段落。しかし、さて、どうしたもんか。職場復帰にはけっこう金がかかりそうだ。部長に金を出させる手を考えなきゃならないな。とりあえず、あの針金を会社のコンピに繋いじまうってのも悪くない。
 「まってな」
 俺は宙吊りのココと一杯やるために、夜の街にジャンキー・ショットを仕入れに出た。思案の前に、まずはジャンキー・ショットだ。
 何につけ、物ごとにこだわらないこと。それが俺たち索引屋なんだから。


COPY RIGHT:六高寺 弦 ROKKOJI Gen
E-MAIL ADRRESS:rkj@ezoya.co.jp

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